ChatGPTなどの生成AIを使った小説執筆が広がっています。
私もAIを活用して小説を書いていますが、「AIが全部書いているのですか?」と聞かれることがあります。
けれど、実際に創作を続けていると、それは少し違うと感じます。
AIは便利な道具です。
設定整理やアイデア出し、文章の推敲や誤字脱字の確認など、多くの場面で助けてくれます。
しかし、小説そのものを形にしているのは作者です。
私は現在、AIを活用しながら小説を書いています。
その中で感じている作者としての役割について書いてみたいと思います。
物語を決めるのは私
AIは提案をしてくれます。
例えば、
「次はこんな展開はどうですか」
「このキャラクターならこう考えるかもしれません」
「こんな設定を追加できます」
といった具合です。
ですが、それを採用するかどうかを決めるのは私です。
小説には作品ごとの空気があります。
ゆっくり進む物語もあれば、激しく展開する物語もあります。
私が書いている『歳の差夫婦が整えて、生きる食卓』は、日常の積み重ねを大切にする作品です。
そのため、面白そうな提案でも作品の雰囲気に合わなければ採用しません。
派手な事件。
大きな陰謀。
急激な成長。
そういった展開が必ずしも悪いわけではありません。
ただ、この作品には合わないのです。
作者の役割は何を書くかを決めることだと思います。
AIはたくさんの可能性を提示できます。
しかし、その中からどれを選び、どれを捨てるのか。
その判断は作者にしかできません。
物語の方向性。
登場人物の価値観。
作品全体のテーマ。
それらを守り続けることは、今でも変わらず作者の仕事です。
キャラクターを理解するのは私
長く連載を続けていると、登場人物たちは少しずつ形を持ち始めます。
最初は設定資料の中にいた存在が、物語の中で生き始めるのです。
AIはキャラクターの情報を整理するのが得意です。
年齢。
性格。
口調。
過去の出来事。
そういった要素をまとめることはできます。
けれど、その人物が本当に何を考えているのかまでは、作者が理解しなければなりません。
例えば、同じ『ありがとう』という言葉でも、人によって意味が違います。
素直な感謝かもしれません。
照れ隠しかもしれません。
あるいは謝罪に近い気持ちかもしれません。
どの言葉を選ぶのか。
どんな表情で話すのか。
何を言わずに飲み込むのか。
そういった部分は、作者自身がキャラクターと向き合わなければ見えてきません。
私は執筆中によく、
真由ならどう考えるだろう?
瑛太なら何と言うだろう?
と考えます。
それはAIではなく、作者としての作業です。
キャラクターを深く理解し、その人物らしい行動を選び続けること。
それも作者の大切な役割だと思っています。
作品を続けるのは私
AIは創作を助けてくれます。
ですが、作品を完成させてくれるわけではありません。
毎週更新するか。
途中で諦めるか。
読者の声を受け止めるか。
修正を重ねるか。
それらを決めるのは作者です。
実際の創作は地味な作業の積み重ねです。
プロットを考える。
設定を確認する。
前話を読み返す。
誤字を修正する。
投稿作業をする。
SNSで宣伝する。
読者へ感謝を伝える。
こうした作業は誰かが代わりにやってくれるものではありません。
特に長編連載になるほど、続けることが大切になります。
一話だけなら誰でも書けます。
十話でも頑張れば書けます。
ですが、何十話も積み重ねていくためには継続する力が必要です。
私はAIを使っています。
だからこそ思うのです。
AIは創作の負担を軽くしてくれます。
けれど、創作そのものを代わってはくれません。
読者へ届けたい気持ち。
作品を完成させたい思い。
登場人物たちと最後まで歩きたいという意志。
そうしたものは作者の中にしかありません。
だから私は、AIを共同制作者というよりも、創作を支えてくれる相棒のような存在だと考えています。
おわりに
AIを使って小説を書くことに対して、さまざまな意見があります。
肯定的な人もいますし、否定的な人もいます。
それでも私は、AIは創作を奪うものではなく、創作を支える道具だと思っています。
物語を決めるのは作者。
キャラクターを理解するのは作者。
作品を続けるのも作者。
AIはその過程を手伝ってくれる存在です。
ペンを持つ手が万年筆からキーボードへ変わったように、創作の道具は時代によって変わります。
けれど、何を伝えたいのかを考える役割だけは変わりません。
だから今日も私はAIと相談しながら、小説を書いています。

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